Google フォト 増え続け保存される写真 そしてアカシックレコードとの関係

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ナメロウです。

最近いろんなことを考えております。

今日は Google フォトについて考えてみた。

妄想といっても良いかも知れない。

Google フォトに無限に増え続ける写真

全ての写真を Google フォトに保存する

以前にも書いたが、写真の管理には Google フォトを使用している。

むろん iPhone そして Mac の標準アプリでありクラウドサービスである ”写真” も使っているが、Google フォトに格納する前の一時領域として使用しているにすぎない。

iCloud 経由で写真共有をしたりもするので、”写真” にはお気に入りの写真だけ残して後は消す。

もちろん Google フォトに格納した写真は、Gmail アカウントを持っている人との共有に使う。
( Gmail アカウントは必ずしも持っていなくても共有できる )

要は使い分けてると言う事だ。

Google フォトはなにしろ写真も動画も容量無制限でアップロード可能だから、そりゃ使わない手はない…

それこそ、過去の10数年分のデジタル写真から動画の全てを保存してしまっている。

そして、今ではもう吹っ切れたように、月に数千枚の写真を撮り、次々と Google フォトにアップしている…写真を撮るのも保存するのも只… すごい時代になったものだ。

写真が使用するデータ容量は膨らむばかり。

ある日突然 Google フォトの使用が有料になったらどうする… 詰みである。戦々恐々とする毎日である。

世界中の人が今日も写真をアップロードしている

Google フォトを使用している人はどれぐらいいるのだろう。TechCrunch の記事によると、月間アクティブユーザーは5億人以上で、毎日12億枚の写真がアップロードされているそうな… ん?むしろ以外に少ない印象?

と言っても年間 4兆枚を超えるの写真がアップロードされる訳であるが…

ともあれ、とんでもない数の写真がアップロードされ、とんでもない容量のストレージが消費されている事実に間違いない。

Google はどれだけのストレージを準備しているのだろうか? そしてそれはどこにあるのだろうか?

おそらくは、複数の拠点に分散され、さらに多重にクラスタ化された状態で存在し、何があってもデータが失われることはないのだろう。

写真は決して削除されはしない

Google フォトへに対する勝手な懸念

ここで、一つ思うことがある。懸念と言っても良い。

Google フォトに収めた写真を削除したくなったとする。不要な写真を消してしまうのはあたりまえであるし、過去の写真をどうしても消し去りたいと思うことも多々あるだろう。

ある日消したい写真を削除するとする。その写真はどうなるだろうか?Google はその写真を本当に抹消するだろうか…

写真を消しはしないと思うのだ。

想像であるが、Google はあたかも削除されたかの様に写真に削除フラグを立て、誰からもアクセスできない様にするだろう。

しかし、実際のデータは Google のどこかの ( 複数の? ) データセンターにそのまま残っていると思うのだ。

Google はわざわざ消したりしない。ストレージをどんなに消費しようとも写真を消しはしないだろう。

アップロードされた写真は未来永劫保存されるのだ。

これからも、アップロードされる写真の数は右肩上がりに増えるだろう。

だがお構いなしだ。Google は画像を保存するストレージのためにいくらでも投資するだろう。

今現在の Google フォトユーザの大部分は存命だと思うが、今後100年経てばほとんどの人はいなくなる ( 死ぬ ) 。

死んだ後も本人の写真は本人の意思には関係なく、人知れず残り続ける。とっくに消したにもかかわらず

では、何のために?

何のためにかはわからない。使命といえるかもしれない。ただ Google なら当然やるだろうと思う。

今日も 12億枚の写真がアップロードされる。一枚一枚はたわいもないが、年間4兆枚の写真は凄まじい量の人類の記録と言えるだろう。

ありとあらゆる人々の顔、姿、人々の暮らしが記録される。それこそ生活の詳細、あらゆる場面であらゆるシーンの姿が記録される。

ビッグデータとしてこんな貴重なデータはない。

そしていずれ公開されるに違いない、過去の記録は特定の制限が施され、限定的に公開された写真は誰でもアクセス可能になるだろう。

100年後人々はコンピュータ技術インターネット黎明期の人々の姿を見ることができるだろう。

1000年後旧世代の人類の姿を見るだろう。

知らない顔、古い人々の姿、文化を見て未来の人々は何を思うのだろうか?懐かしさ?古い文化への憧憬?

人々はまだ男と女に姿が分かれ、家庭というものがあり、国がある時代を省みて何を思うだろうか…

Google フォトに増え続ける写真とアカシックレコードとの関係

アカシックレコード

アカシックレコードという概念をご存知だろうか。

切ない概念であると思う。

アカシックレコード(英: Akashic Records)は、元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念。

宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという記録層を意味することが多い。

引用 : Wikipedia 「アカシックレコード」最終更新 2017年9月22日 (金) 20:18

宇宙のどこかに、この宇宙で起こったことのすべての情報が記録されているという概念だ。

アカシックレコードへアクセスすれば、そこには失われたものが残っており、取り戻せることができると思ったのかもしれない。

おそらくは、かつて大事なもの、大きな大事なものを亡くした人々が、どうしようもない願い…思いを巡らせ、そこに行けば、あそこに戻れる、あの人に会えるあの子を抱き上げることができると考えたにちがいない。

悲願というものはそういうものだと思う。

Google が叶える悲願・未来

Google フォトに話を戻す。

天文学的な量の画像データは無限に蓄積され、そして Google 社の技術と叡智はこれからも加速的に進歩するだろう。

その結果どんな未来が待っているだろうか?

写真と写真は合成され、中間データは自動生成されるだろう。

ありとあらゆる写真は、過去に蓄積されたデータから類似情報が抽出され、欠落した情報が補完され、完璧な動画としてリビルドされるに違いない。

二次元に切り取られた過去の風景は立体化され、仮想空間の中では自由に移動できるに違いない。

写真の中の人々は、あらゆる場面でどの様に振る舞うかシミュレーションは完了し、性別やありとあらゆる文化、年代に応じた動作をしてみせるだろう。

それは言葉さえもそうだ。

発展したAI技術により、ここにいない人間はまるで生きているかの様に喋り、話しをすることができるだろう。

若い頃の自分に合うことも可能なのだ。若く美しかった頃の二人に戻りまた会話することも、まだ幼かった我が子と話をすることも可能になるのだ。

Google の不思議な技術により… 死んだ人間と出会い会話することができるのだ。

そして、1000年後の… いやもっと近い未来の人々は、仮想空間の中で、かつて生きていた我々と話をするに違いない。

彼らはかつて存在していた風景に入りこみ、あたかもそこにいるかのように、まるで幽霊のように我々の前に姿を表すにちがいない。

まとめ!

などとと言うことを、日々妄想したりしております。

そして、頑張れ Apple とエールを送りたい。

ナメロウでした!

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